無音

先月、母方の故郷に帰省していた。何か特別な用事があるわけでもなく、祖母の生存確認のようなものだ。祖母は県営住宅で独り暮らしをしているので、何か生活上の不便があるかもしれない。だから定期的に帰省してそれを確認する必要があるのだ。

祖母の暮らしている住宅と、現在の私が暮らしている家にはいくつもの環境の違いがある。とりわけ睡眠環境については、祖母の家のほうが優れていると感じる点がある。

祖母の暮らす地域は盆地になっており、県営住宅の周囲は田んぼが多い。夜になると田んぼに集まったカエルたちが一斉に鳴き始めて、それが夜明け前まで続く。場所によってはこれが非常にうるさく感じられるかもしれないが、この住宅は田んぼからある程度の距離を保っているからか、丁度良く音の「カド」が取れた感じの優しい響きになる。これが入眠時には自然の子守唄のように感じられるのだ。

一方、私が暮らしている場所は閑静な住宅街で、人の活動が無くなる深夜にはほとんどの環境音がなくなる。単純な音量で比較すれば圧倒的にこちらのほうが「静か」である。

にも関わらず、私は祖母の家の方が圧倒的に心地いいと感じた。なぜだろうか?

私が考えているのは、私の住まいが実際には「無音」ではないということだ。環境の音量が小さいほど、人間に聞こえる音む小さくなるわけではない。むしろ、普段は気にもかけないような小さな音が気になるようになってくる。例えば、電源ユニットのコイル鳴きのような。

映像作品で静かさを表現するのに、完全な無音にするのではなく、このような普段はかき消されてしまうような音に頼ることもできそうだ。